一本の酒が、つなぐもの ― 緒方洪庵の物語
一本のお酒の話をします。その名は――銘酒「緒方洪庵(おがたこうあん)」。
緒方洪庵という人
緒方洪庵。江戸末期から明治にかけて活躍した、医師であり、教育者です。
天然痘の予防に力を尽くし、大坂に開いた私塾「適塾(てきじゅく)」からは、福澤諭吉をはじめ数多くの人材が巣立ちました。適塾で学んだ者たちは、明治以降の日本の近代化を進める、大きな原動力となったのです。
野村の酒蔵と、緒方洪庵
その緒方洪庵と、野村の造り酒屋「緒方酒造」は、同じルーツを持つ間柄でした。
その縁から、緒方酒造では「緒方洪庵」という名のお酒を造っていたのです。偉人の名を冠した、誇りの一本でした。
失われかけた、銘酒
ところが、平成三十年の西日本豪雨。緒方酒造は被災し、酒造りを断念することになりました。
蔵の酒がなくなる。それは、「緒方洪庵」というお酒も、この世から消えてしまうことを意味していました。
商標は、大阪大学へ
ここで、物語が動きます。
緒方酒造さんのご厚意により、「緒方洪庵」の商標が、大阪大学へ移されることになったのです。
なぜ大阪大学か。じつは大阪大学は、緒方洪庵が開いた適塾を精神的源流の一つとする大学。洪庵の名は、最もふさわしい場所へと受け継がれたのでした。
そして、復活へ
その商標を、NEOのむらが使わせていただくことになり――銘酒「緒方洪庵」は、ついに復活を果たします。
最初の醸造は二〇二一年。兵庫県の此の友(このとも)酒造にお願いし、大阪大学の6号酵母を使って醸しました。
昨年は、緒方洪庵のふるさとである岡山県の三光正宗(さんこうまさむね)で、山廃仕込みに。
そして今年は、なんと――「緒方洪庵」ウイスキーが販売される予定です。日本酒から、ウイスキーへ。物語は、まだ広がり続けています。
一本のお酒に、込められたもの
純粋にお酒を楽しみたい方も。お酒を通してNEOのむらの活動を応援したい方も。ぜひ一度、「緒方洪庵」を手に取ってみてください。
その一本には、被災した酒蔵の想い、大学との縁、そして野村の復興の物語が、まるごと詰まっています。
かつて適塾は、数多くの著名人を輩出し、日本の近代化の原動力となりました。
そして今――NEOのむらで活動する学生たちが、人口減少していくこれからの日本を、活性化へと導く人材に育っていく。私は、そう信じています。
洪庵先生の名を冠した一本の酒が、その未来への乾杯になりますように。
※お酒は二十歳になってから。飲酒運転は絶対にやめましょう。
ZEROSPHERE / ゼロの番人