桂川渓谷 ― もう一度、人を迎える日まで
野村町に、桂川渓谷(かつらがわけいこく)という場所があります。
切り立った岩肌を縫って清流が流れ、夏でもひんやりと涼しい。珍しい植物も自生する、知る人ぞ知る景勝地でした。「でした」と過去形で書くのは、今、この渓谷に立ち入ることができないからです。それでも――もう一度ここに人を迎えようとする動きが、今年、静かに芽生えています。
涼を求めて、人が集う場所だった
桂川渓谷の魅力は、なんといってもその涼しさ。夏、町なかが暑さにあえぐ日でも、渓谷に一歩足を踏み入れると、空気がひんやりと変わります。岩を伝う水音、苔むした岩壁、木漏れ日。
そして、ここには貴重な植物も自生しています。ありふれた観光地にはない、手つかずの自然。それを目当てに、多くの人がこの渓谷へ足を運んでいました。
悲運のお姫さまの物語
桂川は、ただ美しいだけの場所ではありません。
ここには、悲運のお姫さまにまつわる物語が伝えられています。詳しい筋は、また別の機会にじっくりお話ししたいと思いますが、地元の人にとって、その物語は遠い昔話ではなく、すぐそばにある「身近なもの」でした。
かつては、地元の中学生が桂川を舞台にした映画を作ったこともあります。子どもたちが、自分たちの渓谷を物語にする――それほどに、桂川は人々に愛され、暮らしに溶け込んでいたのです。
そして、平成三十年の豪雨
状況が一変したのは、平成三十年(二〇一八年)の豪雨でした。
猛烈な雨は、渓谷の橋を、遊歩道を、容赦なく押し流していきました。人が安全に歩ける道は失われ、桂川渓谷は立ち入りができなくなってしまったのです。
あの涼やかな景色を知る地元の人も、遠くから通った桂川ファンも、「もう一度あそこを歩きたいのに」と、やるせない思いを抱えてきました。
それでも、もう一度
けれど、物語はここで終わりません。
今年、桂川の観光を復活させようという機運が、地元を中心に高まっています。
正直に言えば、被害はあまりに大きく、すべてを元どおりにするのは簡単ではありません。でも――だからこそ、と思うのです。失われたものをそっくり再現するのではなく、「ありのままの自然」と「観光」をうまく融合させた、新しいかたちの桂川渓谷へ。そんな取り組みになることを、私は心から期待しています。
ゼロになってしまった場所が、もう一度、人を迎える。
それは、ただ昔に戻すことではなく、ゼロから新しく結び直すこと。
いつかまた、あの涼しい風の中を、誰かと一緒に歩ける日が来ますように。
ZEROSPHERE / ゼロの番人