「野村の大人は、どうしてそんなに楽しそうなの?」 ― 修学旅行がやってきた
二〇二三年、コロナが明けたころから、野村に修学旅行生がやって来るようになりました。
……修学旅行? 野村に? と思った方。正直、私も最初はそう思いました。
なぜ、野村に修学旅行!?
私たちの世代の「修学旅行」といえば、京都、大阪、東京。遠くへ行くなら北海道や沖縄。有名な観光地を巡り、テーマパークで遊ぶ――そんなイメージでした。実際、全国的にそういう風潮だったと思います。
ところが近年、様子が変わってきたそうです。増えているのは、都会の子どもたちの「田舎体験」。
野村に、有名な観光スポットはありません。でも、自然はある。そして、どうやらそこが、いいらしいのです。
やって来た、都会の子どもたち
都会から来る子どもたちは、じつにさまざまです。まじめそうで内気な子もいれば、活発な――いわゆるヤンチャな子も(笑)。
でも、接してみてわかりました。みんな、純粋です。
夜になると、彼らはまず、野村の「暗さ」に驚きます。都会の夜は、明るいですから。そして見上げた空の、星の輝きに感動する。
五月、六月なら、ホタルを見ることもできます。運のいい子は、クワガタをつかまえた子もいました。
畑と、薪割りと
田舎体験は、遊びだけではありません。「普通の田舎の暮らし」も体験してもらいます。
畑に行って、種まき。地味な草引きも、みんな一生懸命にやってくれました。薪割りをさせると、面白くなってしまって、ずっとやり続ける子どもたちもいました。
スマホもテーマパークもない時間を、子どもたちは全身で楽しんでいくのです。
別れは、いつもさみしい
たった二泊三日。短い時間です。それでも、一緒に畑に立ち、同じ釜の飯を食べていると、まるで家族が増えたような気持ちになります。
だから、別れの日は、いつもさみしい。バスが見えなくなるまで手を振りながら、毎回、胸の奥がぎゅっとなります。
忘れられない、ひとつの質問
そんな交流のなかで、いちばん印象に残っているやりとりがあります。
ある子が、こう聞いてきたのです。
「野村の大人は、どうしてそんなに楽しそうなのですか」
私は答えました。「どうしてそう感じるの? 人生は楽しいよ」
すると、その子はこう言いました。
「電車で通勤している大人を毎日見るけど、楽しそうじゃない」
――言葉に、詰まりました。
他の世界を、知るということ
都会しか知らなければ、それが「当たり前」になる。田舎しか知らなければ、それもまた同じでしょう。
だからこそ、子どもたちが"他の世界"に触れる機会として、田舎への修学旅行には大きな意義がある。あの子の質問を聞いて、心からそう感じました。
そして同時に、思うのです。「楽しそうな大人」がいる町であり続けることが、私たち野村の大人の、いちばんの仕事なのかもしれない、と。
有名観光地はなくても、星と、ホタルと、楽しそうな大人がいる。それが野村です。
ゼロの番人として、私はこれからも、この町にやって来る子どもたちを、楽しそうな背中で迎えたいと思います。
ZEROSPHERE / ゼロの番人
