生きている博物館 ― 野村シルク博物館のこと
野村町は、かつて「シルクとミルクのまち」と呼ばれていました。養蚕と酪農――絹と乳で栄えた町です。その「シルク」の記憶と技術を、今も生きたまま守り続けている場所があります。野村シルク博物館です。
ここは、ただ展示を見て回るだけの博物館ではありません。「生きている博物館」――そう呼びたくなる場所なのです。
組合の閉鎖と、博物館の誕生
かつて野村には、東宇和蚕糸組合がありました。愛媛県でいちばん多くの生糸を生み出していた、この町の誇りです。
けれど時代の流れには抗えず、平成六年(一九九四年)、その組合は閉鎖されてしまいます。
ここで町が選んだのは、「終わらせる」ことではありませんでした。シルクのまち野村の歴史と文化を、次の世代へつないでいく――その想いから、組合が閉じたのと同じ年に、野村シルク博物館は生まれたのです。失われかけた灯を、別のかたちで灯し直した。そんな施設です。
「生きている博物館」と呼びたい理由
この博物館が特別なのは、過去を「展示する」だけにとどまらないことです。
ひとつは、地元の農家さんへの養蚕指導。これから蚕を飼う人を、技術の面から支えています。
そしてもうひとつ――この博物館では、今もなお、生糸を製造しているのです。ガラスケースの向こうの「昔の話」ではなく、現在進行形で、絹がここで生まれている。だから私は、ここを「生きている博物館」と呼びたいのです。
染めて、織って、学べる
そして、訪れる人にとって何よりうれしいのが、染織の体験ができること。
小さなお子さんや初心者の方でも気軽に楽しめる、コースター織り、藍染め、ろうけつ染め。自分の手で布を染め、織る時間は、絹の文化をぐっと身近にしてくれます。
さらに本格的に学びたい人には、二年間かけて染織の技術をじっくり身につける講座も。「ちょっと体験」から「本気で学ぶ」まで、入り口がいくつも用意されているのです。
地元の誇り
これほどの取り組みをしている博物館が、自分の暮らす町にある。私はそのことを、心から誇りに思っています。
絹の歴史を伝え、技術を受け継ぎ、今も糸を生み、人を育てる。野村シルク博物館は、まさにこの町の「シルク」の心臓部です。
養蚕を語るうえで、この博物館の存在は欠かせません。もし野村を訪れることがあれば、ぜひ足を運んでみてください。繭の白さ、染めの色、機織りの音――絹の世界が、五感で迎えてくれるはずです。
ゼロの番人として、私もこの「生きている博物館」とともに、野村の絹を次へつないでいきたいと思っています。
(開館時間や体験の予約など、詳しくは事前にご確認のうえ、お出かけください。)
ZEROSPHERE / ゼロの番人