被災した空き家を、蚕舎に ― 仲間とつくった養蚕の場
以前、「養蚕の始め方」について書きました。今日は、その裏側の話。私たちが養蚕をする"場所"を、どうやってゼロからつくったか――その記録です。
家族経営から、グループへ
養蚕農家は、年々減っています。かつての養蚕は家族経営が中心でしたが、その継承が、だんだん難しくなってきました。
そこで私たちは、発想を変えました。一家族ではなく、「グループ」で養蚕に取り組もう、と。
まず募ったのは、協力してくれる仲間です。声をかけると、幅広い年齢層が集まってくれました。みんなそれぞれ、自分の仕事を持っている。その空いた時間で手伝ってもらう、というかたちです。
環境は、整っていた。ただ一つを除いて
次に必要なのは、養蚕ができる環境です。これは、確認してみると整っていました。
西予市には、繭の売り先がある。シルク博物館が、養蚕の指導も、蚕具も、桑畑のあっせんもしてくれる。ありがたいことに、土台はそろっていたのです。
ただ――たった一つ、大きなネックがありました。「施設」です。
被災した、空き家との出会い
資金が豊富にあれば、新しい施設を建てられます。でも、私たちにお金はありません。
そこで目をつけたのが、豪雨災害で被災し、そのままになっていた一軒の物件でした。
以前は老夫婦が暮らし、災害当時は空き家に。そして被災し、手つかずのまま残されていた住まいです。
所有者の方に連絡し、「自分たちで改修して、養蚕に使わせてほしい」とお願いしました。すると、快く――しかも無償で貸してくださることになったのです。本当に、感謝しかありません。
泥と向き合う、解体作業
いよいよ、改修の始まりです。
もとは住居ですから、壁も、床も、天井もある。まずは、それらを取り除いていきます。これが、なかなかの重労働でした。
この建物は、二階まで浸水していました。だから、天井を外すと――災害のときの泥が、一緒にどさっと落ちてくる。あの日の水が残した泥と、文字どおり格闘しながらの解体でした。
4部屋を、1フロアに
そこからは、蚕舎づくりです。
仕切られていた4つの部屋の壁を、すべて抜いて、広い1フロアにしました。床をのけると、その下は土。そこにコンクリートを打ちました。
ありがたいことに、メンバーには大工さんがいました。窓にはネットを張り、引き戸もつくってもらう。水道と電気は専門の業者にお願いしましたが、それ以外は、ぜんぶ自分たちの手で仕上げていきました。
4か月をかけて
作業を始めたのは、十二月。すべての改修が終わったのは、気づけば四月になっていました。
五月には、養蚕が始まります。まさに、ぎりぎり。
それぞれが仕事を持ちながら、少しずつ、少しずつ進めた4か月間。被災してそのままだった家が、私たちの手で、蚕たちを迎える場所へと生まれ変わったのです。
災害で失われかけた一軒の家が、仲間の手で蚕舎になる。そして、そこで新しい命が育っていく。これもまた、ゼロから始まる、ひとつの循環だと思います。
ゼロの番人として、私はこの手づくりの蚕舎から、これからも絹(繭)をつくっていきます。
ZEROSPHERE / ゼロの番人
