軽トラ市が起こした、化学反応 ― まちを動かす人たち
野村のまちに、「軽トラ市(けいトラいち)」という市(いち)があります。
農家さんが、自分でつくった作物を軽トラックに積んで運び、その場でそのまま売る――新鮮なものを、つくり手から消費者へ、直接届ける市です。野村では平成二十五年(二〇一三年)に始まり、今も続いています。
そして、この小さな市が、じつは野村のまちに、思いがけない"化学反応"を起こしているのです。
軽トラ市って、なに?
軽トラ市の魅力は、なんといっても新鮮さと、距離の近さ。
畑でとれたものを、軽トラごと持ってきて、荷台や店先で直接売る。買う人は、つくった本人から手渡しで受け取れる。会話も生まれる。あたたかい買い物です。
ちなみに、この軽トラ市の発祥は、岩手県の雫石(しずくいし)。そこから全国へと広がり、野村にも根づきました。
お金より、汗
軽トラ市は、主催する側の金銭的な負担は、そう大きくありません。けれど――そのぶん、汗をかかなければ成り立たない催しでもあります。
屋外での開催ですから、いつも天気が心配。夏は暑く、冬は寒い。人がちゃんと来てくれるかどうかの不安も、毎回つきまといます。主催者の苦労は、想像に難くありません。
それでも野村では、二か月に一度のペースで、この市を続けているのです。
支えるのは、「笑心の会」
その軽トラ市を運営しているのが、商工会の有志でつくる「笑心の会」というグループです。
"笑う心"と書いて、笑心。名は体を表す、とはこのこと。楽しみながら、地域のために汗をかく人たちの集まりです。
そして、化学反応が起きた
軽トラ市を続けていくうちに、イベントの多い野村で、おもしろい"化学反応"が起こりはじめました。ほかの催しと結びついて、思わぬ相乗効果を生んでいったのです。
まずは、朝霧湖マラソン。毎年二千人以上が走る、野村を代表する一大イベントです。以前は、うどんやそばを提供するくらいでした。ところが、軽トラ市が中心となってこれを発展させ、商店街が一体となった「グルメ市」を開くように。走り終えたランナーも、応援に来た人たちも、大喜びです。
次に、夜市(よいち)。のむらまち商店街では、数十年にわたって夜市が開かれてきました。けれど、加盟する店の減少とともに、その規模はどんどん小さくなっていた。そこで、軽トラ市と手を組んだのです。すると、ふたたび活気が戻り、夏の風物詩が、いまも続いています。
このほかにも、文化祭や復興イベントなどと連携しながら、軽トラ市は野村のあちこちを盛り上げています。
アイデアと、マンパワー
大きな予算があるわけではありません。あるのは、アイデアと、マンパワー(人の力)。
その二つで、まちにこれだけの元気を生み出している「笑心の会」を、私は心から素晴らしいと思います。
ひとつの取り組みから、まちが動く。小さな市が、大きなイベントとつながり、消えかけた催しをよみがえらせる。これもまた、野村という土地の、ひとつの"循環"です。
ZEROSPHERE / ゼロの番人