大学のない田舎に、学生がやってきた ― NEOのむら
前回、西日本豪雨と、野村を支えてくれたたくさんの人たちの話を書きました。今日はその続き。あの災害の中から生まれた、ひとつの新しい動きについてです。「NEOのむら」の話をします。
末永く寄り添う、二つの大学
野村の復興には、たくさんの団体が力を貸してくれました。そのなかで、"復興のその先"まで、末永く関わり続けてくれているのが、愛媛大学と大阪大学です。
きっかけは、酒蔵
きっかけは、一軒の酒蔵でした。野村で酒を造ってきた「緒方酒造」も、この豪雨で被災します。その復旧作業に、大学が入ってくれたのです。
残念ながら、酒造りそのものは、断念されることになりました。けれど、当主にはひとつの願いがありました。「この酒蔵を、アカデミックな活動の場として使ってほしい」と。
連携協定、そして法人化
その願いを受けて、地元の地域づくり団体「のむら自治振」と、愛媛大学、大阪大学が連携協定を結び、活動が始まりました。
そして、この活動を一過性で終わらせず、ずっと続けていけるように――組織を法人化しました。それが「NEOのむら」です。
主役は、学生へ
始まった当初は、地元の大人たちや、大学の教授が活動の中心でした。ところが今では、学生たちが主体となって動く場面が、どんどん増えています。
大学のないこの田舎の町に、若い学生たちがやってきて、汗を流してくれる。これは本当にありがたく、そして奇跡のようなことだと、私は思っています。さらに近年は、福山市立大学も活動に加わり、NEOのむらはますます活発になっています。
お土産で、活動を続ける
そして、この取り組みを持続的なものにするために――野村にまつわる「お土産」を作り、その売上を活動資金にする、というチャレンジも生まれています。
(NEOのむらの活動は、こちらでも紹介されています → https://nomuraneo.wixsite.com/toppage )
被災した酒蔵から生まれたお土産たち。その一つひとつには、災害を越えてきた野村の物語が、そっと込められています。それは、また次の機会に、じっくり紹介したいと思います。
災害という、あまりにつらい出来事。その中から、大学とのつながりが生まれ、若い力が芽吹き、新しい野村の物語が動き始めました。
ゼロの番人として、私はこのNEOのむらの歩みを、これからも見守り、伝えていきたいと思います。
ZEROSPHERE / ゼロの番人
