止め刺しと血抜き ― 命を、いただくために
以前、「きちんと処理されたイノシシは、驚くほどおいしい」と書きました。今日は、その"きちんと"の中心にある仕事――「止め刺し」と「血抜き」について、正直に書きたいと思います。命をいただく、ということの、いちばん重い部分です。
おいしさの秘訣は、止め刺しにある
イノシシがおいしくなるかどうか。その分かれ目は、じつは捕らえたあとの「止め刺し」にあります。
止め刺しとは、わなにかかった獣の、命を絶つ作業のこと。狙うのは、心臓の近くの動脈です。ここを正確に突くと、血が一気に噴き出し、きれいに血が抜けていく。この「血抜き」がうまくいくかどうかで、肉の味は、まるで別物になります。前に書いた"臭みのなさ"も、上質な牛肉のような旨さも、すべてはここから始まるのです。
失敗は、獣を苦しませる
だからこそ、止め刺しは、決して失敗できません。
もし急所を外してしまえば、血は十分に抜けず、肉の質は落ちる。そして何より――獣を、長く苦しませてしまうことになります。
一撃で、確実に。それは、おいしい肉のためであると同時に、目の前の命への、せめてもの責任なのです。
残酷なようで、いちばんの敬意
正直に言えば、命を絶つ瞬間は、何度経験しても、軽いものにはなりません。
「残酷だ」と感じる人もいるでしょう。私自身、そう思われても仕方がないと思っています。けれど――中途半端に、長く苦しませることのほうが、私にはずっと辛い。
だから、ためらいなく、一息に仕留めることを心がけます。苦しむ時間を、一秒でも短くする。それが、この命に対してできる、いちばんの敬意であり、はじめの供養だと信じているからです。
畑を守るために捕らえた命を、無駄なく、おいしくいただく。そのために、目をそらさずに向き合う、いちばん重いひと仕事。
きれいに血を抜き終えたあと、いつも、静かに手を合わせます。「ありがとう」と。これからも、命の重さから逃げずに、まっすぐ向き合っていきます。
ZEROSPHERE / ゼロの番人