狩猟を始めた理由
狩猟免許を取ろうと決めたのは、勇ましい理由からではありません。仲間と育てた田んぼと、近所の子どもたちを守りたい――ただ、それだけでした。
仲間と始めた、田んぼのこと
近所の仲間と、遊休農地を借りて米づくりを始めたのは、もう10年ほど前になります。使われなくなる田に、水を引き、苗を植え、稲を育てる。手間はかかるけれど、季節ごとに表情を変えていく田んぼは、何にも代えがたいものでした。
そんなある年、近くでイノシシの目撃情報が相次ぐようになりました。
イノシシは、稲そのものを食べるわけではありません。やっかいなのは、田んぼの中に入って泥を浴び、転げ回って遊ぶこと。「泥だんこ」になって暴れたあとの田んぼは、丹精込めて育てた稲が、無残に倒され、踏みつぶされてしまうのです。
幸い、私たちの田んぼは無事でした。けれど、すぐ近くの田んぼはやられてしまった。大切に育ててきた稲を台無しにされた持ち主が、肩を落として嘆いている姿を、今でも覚えています。
子どもの家の、すぐそばまで
問題は、作物だけではありませんでした。
近くには、幼稚園に通う子どももいました。その子の家の、わずか数十メートルほどのところまで、イノシシが出てきていたのです。
作物が荒らされるのも辛い。でも、もし子どもが鉢合わせていたら――そう考えると、これはもう「困った」では済まない話でした。
柵だけでは、守れない
田んぼの所有者で集まり、どうするかを話し合いました。柵を立てよう、見回りを増やそう。出てきた案を、できることから実行していきました。
でも、やりながら、みんなどこかで気づいていたと思います。それは「対処療法」でしかない、と。、イノシシがいなくなるわけではない。数が増え続ければ、いずれ別のどこかが、また同じ目に遭う。根っこの問題は、何も解決していないのです。
だったら、自分が
集まった二十人の中に、狩猟免許を持っている人は、一人もいませんでした。
誰かがやってくれるのを待っていても、状況は変わらない。だったら――自分が免許を取って、捕獲する側に回ろう。そう思ったのが、私が狩猟を始めたきっかけです。
正直に言えば、命を奪うことへのためらいは、ありました。今もあります。それでも、守るべきものがある以上、目をそらすわけにはいかなかったのです。
養蚕が「育てる命」なら、狩猟は「向き合い、いただく命」。どちらも、この土地で暮らし、地域を守っていくための、地続きの営みでした。
ゼロの番人として、消えゆくものも、脅かされるものも、できる範囲で守っていきたい。狩猟は、その覚悟のひとつです。
免許を取るまでの道のり、そして実際に山へ入ってからのことは、また次の記事で綴っていきます。
ZEROSPHERE / ゼロの番人