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観光 / Tourism
2026.07.15 — 観光

住民の手でつくった復興公園 ― どすこいパーク 防災広場

住民が主役の、復興まちづくり

平成30年の西日本豪雨。野村のまちが大きな被害を受けたあと、愛媛大学が中心となって、復興まちづくりのワークショップが開かれました。

災害後の復興は、多くの場合、自治体が主体となって進められます。けれどこの野村では違いました。住民が主体となり、何度も何度も話し合いを重ねて、まちの未来を描いていったのです。「どんな場所にしたいか」を、そこで暮らす人自身が決める——手間はかかっても、そうやってできた場所には、地元の思いがしっかりと宿ります。

「どすこいパーク」という名前

大きく被災した一帯は、4つのエリアに分けて整備が進められています。かつては人が住んでいた場所です。その全体につけられた名前が——どすこいパーク

相撲の町・野村らしい、力強くて親しみのある名前です。「どすこい」の一声には、逆境から立ち上がろうとする、まちの元気がこもっているように感じます。現在は、そのうち2つのエリアが完成しています。

防災広場 ― ふだんは憩い、いざという時は砦に

今回紹介するのは、そのひとつ「どすこいパーク 防災広場」です。名前のとおり、防災に即した場所として設計されています。

広場一面には芝生が植えられ、休日には遊具で遊ぶ家族の、憩いの場になっています。でも、この広場のすごいところは、そのすべてが"もしも"に備えていること。

  • 芝生の広場は、緊急時にはヘリポートとして使えます。
  • 遊具は、平成30年の豪雨でどこまで浸水したかが色分けで分かるようになっており、遊びながら防災を学べます。
  • かまどベンチは、災害時に座面を外すと、炊き出し用のかまどに早変わり。
  • マンホールは、いざという時にはトイレとして使えます。井戸ポンプもそなわっています。

ふだんは憩いの場、いざという時は防災拠点。遊びと備えが、同じ場所に自然に溶け合っています。

悲しみを、備えに変えて

あの災害を経験したまちだからこそ、たどりついた形。ここには、「二度と同じ思いをしないように」という住民の願いと知恵が、かたちになって残っています。

野村へお越しの際は、ぜひ足を運んでみてください。子どもと芝生で遊びながら、防災について家族で話す——そんな時間を過ごせる場所です。まちの再生の物語が、ここにあります。

ZEROSPHERE / ゼロの番人



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