乙亥は、夜が本番 ― 各家の宴と、料理をつくった人たち
乙亥は、夜が本番!?
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「乙亥は、夜が本番」——そう言う人がいます。
土俵の熱戦が終わったあと、まちの各家で始まるのが、お宿まわりの記事でも触れた宴会です。親戚に、友人に、仕事関係の人たち。みんなを招いて、盛大にもてなす。
面白いのは、知らない人がふらりと入ってくることもしばしば、ということ。それでも咎められません。乙亥は、無礼講。この二日間だけは、まちじゅうが大きな一つの宴会場になるのです。
夕方から夜にかけて、次から次へとお客さんがやって来ます。何回転もするので、一軒で100人以上をもてなすのは当たり前。想像してみてください。その料理の量を。
家でつくる品、店に頼む品

この膨大な料理、昔は家でつくる品と店に頼む品に分かれていました。何を家でつくり、何を頼むかは、それぞれの家庭で違ったといいます。
私の家では——そうめん、山芋、揚げ物、ちらしずし、寒天などは、家でこしらえていました。乙亥の日は、親戚の女性がおおぜい集まって、朝から料理の支度で大忙し。台所は戦場のような賑わいです。
ただし、ひとつだけ男の仕事がありました。それが——山芋すりです。
山芋すりは、男の仕事

あの、すり鉢いっぱいの白いとろろ(写真)。あれを作るのが、なぜか男の役目でした。
自然薯を、すり鉢の縁でゴリゴリとすり続ける。力もいるし、根気もいる。だし汁でのばし、卵を落とし、醤油を合わせる。関取衆がお宿で一番よく食べたのも、この山芋でした。乙亥の食卓に、山芋は欠かせなかったのです。
刺身と皿鉢は、店に頼む

一方、家ではつくれない刺身や皿鉢は、魚屋さんや仕出し屋さんに注文しました。写真のような、鯛やハマチが並ぶ大皿。見ているだけで、宴の華やかさが伝わってきます。
ここで、あとから聞いた興味深い話があります。野村には、海がありません。だから魚は、最寄りの八幡浜まで買い付けに行っていました。ところが——乙亥の日は、相場が動く。町じゅうが一斉に魚を求めるので、魚がとても高くなったというのです。
いかに乙亥で、お金が動いていたか。この一つのエピソードが、まちの熱狂を物語っています。
相撲を、見られなかった人たち
そして、忘れてはいけない人たちがいます。
宴会をする家の人、そのお手伝いの人、料理を届ける業者さん——この人たちは、乙亥の相撲をあまり見ていないのです。土俵が沸いている、まさにその時間、彼らは台所や配達に追われていました。
ただ、平成になって、少し変わります。野村かぼちゃテレビ(現・西予CATV)が乙亥の生放送を始めたのです。おかげで、「テレビで観戦しながら、料理に勤しんだ」という話が残っています。手を動かしながら、画面の勝負に一喜一憂する。それもまた、ひとつの乙亥の風景です。
それぞれの、乙亥
土俵に上がる選手も、大会を回す主催者も、もちろん大変です。けれど——その裏で宴を支えた人たちにも、それぞれの乙亥がありました。
山芋をすった男たち。朝から台所に立った女たち。魚を運んだ業者さん。彼らの忙しい二日間があってこそ、乙亥の夜は、あんなにも豊かだったのです。
ZEROSPHERE / ゼロの番人