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相撲 / Sumo
2026.08.10 — 相撲

昔は町を回り、今は櫓の上で ― 乙亥の触れ太鼓

相撲の始まりを、知らせる太鼓

触れ太鼓(ふれだいこ)をご存じでしょうか。

もともとは、相撲の興行が始まる前日に、太鼓を打ち鳴らしながら地域内を回り、「明日から相撲が始まりますよ」と知らせて回るものでした。今も大相撲の本場所前には、この触れ太鼓が街を巡ります。

そして——乙亥大相撲にも、この触れ太鼓がありました。

昭和20年代、霧の町に響いた音

乙亥大相撲編さん委員会のインタビューで、こんなお話を伺いました。昭和20年代の乙亥大相撲でも、触れ太鼓が町を回っていた、と。

当時を知る方の言葉が、実に情景豊かでした。夕闇が迫り、あたりが暗くなって、霧がぐーっと下りてくる。そこを触れ太鼓が通ってくる。軒下には提灯がぶら下がり、愛宕山にもずらりと灯りが灯る。町の人は「乙亥が来たのう」と、その音に胸を高鳴らせたといいます。

みんなが乙亥に集まる。その到来を告げる音が、霧の中から聞こえてくる——想像するだけで、鳥肌が立つような光景です。

今は、櫓の上で

その触れ太鼓は、時代とともに姿を変えました。

現在は、町を回ることはありません。代わりに、乙亥会館の前に立つ櫓(やぐら)の上で、当日の朝に打ち鳴らされています。

写真を見てください。「乙亥の里」の看板を掲げた、あの高い櫓。周りには色とりどりの幟旗がはためき、まちが祭りの装いに包まれています。その櫓の上から、太鼓の音が朝の空気を震わせるのです。

知る人ぞ知る、早朝の音

ただ——この触れ太鼓、実は知る人ぞ知る存在です。

打たれるのは、11月下旬の早朝。凍えるような寒さの中、まだ人もまばらな時間帯。そして何より、まさに取組が始まろうとしている、その時に鳴らされます。だから、会場に入る準備をしている人や、朝早くから来た人だけが耳にできる音なのです。

でも、だからこそ——こんなところにまで、乙亥大相撲がしっかり根付いているのだと感じます。誰もが見るわけではない。それでも続けられている。伝統とは、そういうものなのでしょう。

櫓に登る、という責務

もうひとつ、忘れてはいけないことがあります。

この太鼓を打つには、櫓の高い場所まで登らなければなりません。写真の櫓を見上げてください。あの高さです。しかも11月下旬の、冷たい早朝に。

その責務を担っているのが——乙亥太鼓保存会です。毎年、あの高みに登り、まちに向かって太鼓を打つ。その姿こそ、乙亥を支える人たちの象徴なのだと思います。

今年の11月も、あの櫓の上から、乙亥の始まりを告げる音が響きます。もし早朝に野村を訪れることがあれば、ぜひ耳を澄ませてみてください。

ZEROSPHERE / ゼロの番人

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