逆境の乙亥大相撲 ― 西日本豪雨からの復興と、土俵の希望
熱狂の翌年に、町が沈んだ
平成29年、愛媛国体が乙亥会館の熱気とともに終わりました。ところがその翌年——平成30年7月7日、西日本豪雨が野村のまちを飲み込みました。
乙亥会館も、2階まで浸水する大きな被害を受けました。会館だけではありません。町の中心部が水に浸かり、人々がこれからどう暮らしていけばいいのか、先の見えない日々。とても、あの秋に乙亥大相撲を開けるような状況ではありませんでした。
「こんな時だからこそ」
主催の役員の方々は、大きく悩まれたと思います。開催すべきか、見送るべきか。
そんな中で聞こえてきたのは、「こういう逆境だからこそ、ぜひ乙亥をやってほしい」という声でした。役員さんたちは、地元の一軒一軒に足を運び、開催の是非を一人ひとりに尋ねて回ったそうです。その声を積み重ねた末に——平成30年の乙亥大相撲は、開催が決まりました。
昭和53年以来の、公会堂
会館は被災して使えません。場所をどうするか。話し合いの結果、会場は昭和53年以来となる野村公会堂に決まりました。そして復興支援の意味を込めて、入場は無料に。招待力士には、人気の勢(いきおい)関を迎えました。
土俵の設置や開催の費用は、クラウドファンディングで募りました。全国から寄せられた大きなご寄付に、心より感謝いたします。
一進一退のプロアマ戦
地元選手はもちろん、復興への思いを背負った熱戦が続きました。中でも一番沸いたのがプロアマ戦です。
前年の愛媛国体で野村を沸かせた、まだ関取になる前の豊昇龍・王鵬の両力士が招待され、当時中央大学1年生の住木選手(現・風賢央関)と対戦。角界の若手有望株と地元出身の大学生——一進一退の真剣勝負に、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。東京から初めて観戦に来た方は、「プロとアマのトップがこんな本気でぶつかるなんて信じられない」と、目を輝かせていました。
野村の魂、ここにあり
災害で沈んでいた被災者の方々、それを支えた地元の人々、そして全国の復興支援者の皆さん——その一人ひとりに、大きな希望と喜びをもたらした平成30年の乙亥大相撲。
土俵の上には、この町が積み重ねてきた誇りが確かにありました。野村の魂は、ここにある。あの秋、私たちはそれを見たのです。
ZEROSPHERE / ゼロの番人