100本を書いて ― 記録することの意味
ZEROSPHEREのブログを始めて、日本語の記事が100本になりました。
節目に、なぜこのブログを書いているのかを、書き留めておきたいと思います。
光明が、見えなかった
これまで、地域の魅力を上げようと、いろいろなことをやってきました。
けれど正直に言えば——まったく光明が見えませんでした。
やってもやっても、手応えがない。人口は減っていく。行事は少なくなっていく。何が正解なのかも分からないまま、それでも動き続ける。そんな時期が、長くありました。
転機は、あの災害でした
転機となったのは、平成30年の西日本豪雨です。
とても不幸な出来事でした。多くのものが失われ、大切な方を亡くされた方もいます。そのことを、決して軽々しく語ることはできません。
ただ——あの災害のあと、この町にいろいろな方々が関わるようになりました。 支援に来てくださった方、復興に力を貸してくださった方、そして研究者や学生の皆さん。
失ったものは、あまりに大きい。それでも、そこから世界が広がったのもまた、事実なのです。
記録することの、大切さ
大学の教授や学生が関わるようになって、私は改めて気づかされました。
熟考すること。そして、記録すること。 その大切さです。

事業を回す考え方に「PDCAサイクル」というものがあります。計画し、実行し、評価し、改善する。けれど野村は——正直に言えば、「DDDD」でした。とにかく実行、また実行。 計画も評価も飛ばして、まず動く。
これは今も感じています。ただ、悪いことばかりではありません。酒を飲んで、みんな仲間で事業を推進していく——それが野村の姿であり、大きな魅力でもあります(さしあいの文化も、まさにそれです)。
でも、まだまだ伸びしろがあるとも思うのです。
口伝だけでは、消えてしまう
そして、いちばん大きかったのが——記録することでした。

野村には、これまでいろいろな活動がありました。長年続いてきたものも多い。けれど、徐々に縮小し、終わってしまったものもあります。
乙亥大相撲や朝霧湖マラソンにしても、大会の記録はあります。 けれど——運営側の記録や、それを支えてきた方々の記録は、ほとんどありませんでした。 その多くは、口伝だったのです。
人の口から口へ。それは温かい伝わり方でもありますが、語る人がいなくなれば、そこで途切れます。
災害後、教授や学生が関わってくださったことで、乙亥大相撲編さん史、野村学、酒文化——これまでの野村を記録する取り組みが始まりました。

地元だけの人材では、できなかったことです。だからこそ、とてもうれしく感じています。
だから、このブログを始めました
そうして記録することの大切さに触れて、私はこのZEROSPHEREブログを始めました。
100本を振り返ると、書いてきたのは——毎朝5時半の桑採り、わなにかかったイノシシ、納涼祭の夜、役員会のあとの盆踊り、誰が土俵を作っていたか、糸を繰った女性たちのこと。
大きな事件でも、有名な観光地でもありません。地域のささやかな活動の記録かもしれません。
けれど——今の野村のリアルと、これまでのことを、できるだけ書き留めておきたい。
いつか誰かが「あの頃の野村は、どうだったのか」と知りたくなったとき。あるいは、この町の誰かが「自分たちのやってきたことは、無駄じゃなかった」と確かめたくなったとき。そこに記録があってほしいのです。
乙亥の編さんで、ご高齢の方々にお話を伺いました。その方々の中には、もうお話しできなくなった方もいます。間に合った、と思いました。 同時に、今のことも、今のうちに書いておかなければとも。
これからも、書き留めていきます
100本は、通過点です。
派手さはなくていい。読まれる数が少なくてもいい。この町で、今日も誰かが動いている——その事実を、一つずつ書き留めていきます。
いつも読んでくださる皆さん、そして取材に応じてくださる皆さんに、心から感謝します。これからも、どうぞよろしくお願いします。
ZEROSPHERE / ゼロの番人