ZEROSPHEREJOURNAL ← 一覧へ
養蚕 / Hatch
2026.08.01 — 養蚕

野村の絹が、女王の戴冠式へ ― カメリアの物語

明治に始まった、野村の絹

野村の養蚕は、実は、それほど古いものではありません。本格的に始まったのは、明治に入ってから。桑を育て、蚕を飼い、繭をつくる——その営みが、やがてこの町の暮らしを支えていきます。

そして昭和のはじめ、大きな転機が訪れます。製糸(せいし)、つまり繭から生糸を繰る産業が、野村で始まったのです。「野村の繭から、生糸を」。この悲願がかなったことで、養蚕と製糸の両輪が、地域の一大産業となりました。

カメリア ― 白椿の名を冠した生糸

野村で作られた生糸には、美しい名前がつけられました。

「カメリア」。英語で、白椿(しろつばき)を意味します。

その名のとおり、カメリアの生糸は白く、清らかで、品質が高いと評判でした。肱川の清らかな水と、丹精込めた養蚕、そして高度な製糸技術。その三つが重なって生まれる糸は、真珠のような光沢をたたえ、他にはない上質さを誇っていたのです。写真の、絹束の輝きを見てください。これが、野村が世界に送り出した糸です。

スイスから、バイヤーがやって来た

その品質は、日本国内にとどまりませんでした。

昭和20年代——戦後まもない、まだ日本が貧しかった時代です。その野村に、海の向こうから、多くのバイヤーが訪れました。カメリアの品質を求めて、はるばる海を渡ってきたのです。

写真に残る紳士は、スイスからのバイヤー。野村の製糸工場で、糸を手に取り、その品質を確かめています。山あいの小さな町の工場に、外国人が立っている——当時の人々にとって、それは誇らしくも、少し不思議な光景だったことでしょう。カメリアは、ヨーロッパやアメリカへと輸出されていきました。

そして、女王の戴冠式へ

輸出されたカメリアの、その先に——信じられないような物語が待っていました。

英国王室です。英国王室から特別な注文が入り、野村の生糸が海を渡りました。そしてその絹は、なんと——1953年、エリザベス女王の戴冠式の衣装に使われたと伝えられています。

世界中が見守った、あの歴史的な式典。若き女王がまとった衣装の、その糸の一部が、この野村で、蚕から生まれ、女工さんの手で繰られたものだった。そう思うと、胸が熱くなります。

海を越えて、認められた誇り

山に囲まれた、四国の小さな町・野村。その糸が、海を越え、大陸を越え、世界の頂点で認められた

これは、桑を育てた農家、蚕を飼った家々、糸を繰った女工さん——名もなき多くの人々の手が、積み重ねてきた誇りです。カメリアという名の白椿は、確かに世界で咲いたのです。

その伝統は、今も野村シルク博物館伊予生糸に受け継がれています。次に絹の輝きを見るとき、どうか思い出してください。野村の糸が、女王の衣装を彩った、あの誇らしい物語を。

ZEROSPHERE / ゼロの番人



関連する記事